今いる環境は、あなたを輝かせていますか?それとも無理を強いていますか?自己否定しちゃう前に、環境を見てみよう。

生きづらさ

教員やっていたころも
母親としても

先生なんだから、これくらいできなきゃ、
母親なんだから、こうやって子どもに関わらなきゃ、

周りや入ってくる情報を見て、
そしてなんとなーくある頭の中の
教師像、母親像に照らし合わせて、

それに当てはまる自分で在ろうとしていた。

 

でも、それって、
自分ではない自分になろうとしてるよね。
無理してるよね。

 

本当の自分で生きようと決めて
他人軸ではなく自分軸で
考えたり選択したりしようと意識している今でも
無自覚に自分を既存の型にはめようとしてしまう。

それこそが悩みの源泉になってるなぁ

今日はそんな話を。

脱サラしてスローライフにシフトしたはずが・・・

夫婦でサラリーマンをやめて
人生を仕切り直した私たち。

東京近郊のマンションを売却して
田舎で古民家暮らしを始めることに。

今までの
平日働き、土日にレジャーだった
生き方、働き方から外れてみて
見えてきたのは

田舎で畑やってスローライフかな?

ってことで、
これまでできなかったことで
ちょっと憧れもあった半農生活。

パーマカルチャーのコミュニティにも入って
新しい生き方開拓するぞなんて意気込んで

そして、
田舎ってすごいですね、
ただで畑貸してもらいまして
始めてみたものの、
夏に雑草だらけにしてしまって
結局一つも収穫できなかった・・・

 

あぁ悲しい。
周りの人は楽しそうに畑してるのに、
私たちにはできない。
丁寧じゃない、面倒見がよくない、
命をわかっていない、地球と一体になれてない、
自分のこと優先、ミーハー、
結局何もわかってない、何もできない。

 

脱サラして移住したからって
全部が全部、スッキリ晴れやかだったわけではないんです。

ギリギリでがんばっていた教員時代

書いていて思ったけれど、
教員時代と考えていることが同じだなって。

 

周りの人は楽しそうに仕事してるのに、
私にはできない。
私には向いてない。
情けない。
もう中堅って言われるのに成長できてない。
もっと軽くこなせるようになりたい。
仕事が楽しいって言いたい。
生きがいのように働きたい。
でもできない。
少しでも追いつかないと・・・

 

そうやって心が痛いのを見てみぬふりして
劣ったところが見えないように
ギリギリのところでがんばっていたなぁ。

良い母親になれない自分

母親としても同じで、
周りの人が楽しそうに嬉しそうに
我が子への愛情を表現しているのを見ると
私の胸は痛んだ。

だって、私はそんなふうに
優しいまなざしで見つめてないし
すべての行動を許せてないし
自分の時間も労力も育児に注げてない。

母親失格

そう思っていた。

ママ友といる時は
そう見られないように取り繕っていたなぁ。

私を揺さぶる情報たち

SNSも厄介ですよね。

悪気はないと思うのだけど
いい状態のときだいたいアップされるから

華やかで豊かでいいなぁ・・・
自分はそんなにゆとりないよ・・・
全然うまくいってない・・・
つらいことばかり・・・

人間には欠点を見つける脳機能が備わってるから
一度ネガティブになると、もう落ちる一方です。

私だって、日々心揺さぶられてますよ。

「どんな環境にいるか」で変わる見方

農業が向いてない話に戻ると
実は、私たちは自覚していた。

家にある植物を丁寧に育てることが苦手。
花も草も枯らしてしまうような人たちだと。

だから、一つも収穫できなくても
残念だったけど、「そうなりますよね」って感じではあった。

考えてみれば、
世界77億人のうちで
農業に向いている人はどれだけいるんだろう?

花をきれいに咲かせてきれいなお庭にしてる人でも
作物を育てるっていったら、またちょと違う領域だし。

そう考えると、
お野菜育てられない自分は
別に特別変なわけではない。

たまたま
パーマカルチャーのコミュニティにいて
周りに農業(家庭菜園)やってる人がたくさんいる環境で
地球環境によい暮らしをする仲間が多くて

そんな中にいると
「できない自分が特別」な気がしてしまったんだ。

無意識にある〇〇像に注意

教員も同じ。

教師の仕事に夢と希望をもって
採用試験を受けた人がほとんどで、
子どもが大好きだったり
教えることがとても上手だったり
教育への熱い想いがあったり
自分の強みを活かして仕事をしている。

教師が向いている、というか
誰もが頭の中で描いている「教師像」に
当てはまる人が多くを占めている学校。

そこにいたら、
自分がネガティブな意味で特別な存在に思えてしまうのも
無理はない。

自分に向いているポジションがある

私は

子どもの中に光る可能性が好き
学ぶことが好き
一つのことをとことん掘り下げるのが得意
根本や本質を見るのが得意

教師として向いている部分もあるかもしれないけど

タスク管理が苦手
臨機応変が苦手
人が大勢いるのが苦手
表面的なのが苦手

これは教員をやめてからわかってきたことだけど
学校では苦手なことが多すぎて
そういう意味で、教師は向いていない。
今はフラットにそう言える。

 

学校ではないポジションで
自分の好きや得意が活かせることをしたい
そう思って退職して起業しました。

自分に向いているポジションを探す

もし今、
教員をしていて苦しい人、
いい母親になれないと悩んでいる人、
生きづらさや人生の行き詰まりを感じている人は、

自分自身と、今やろうとしていることや今いる環境に
ズレがないかチェックしてみてください。

 

無理しなくとも、自分らしくそこにいられるのかどうか、
自分の良さが発揮される場所なのかどうか、
そこを見極めてみてください。

 

自分ではない外側に無理に合わせようとしていたら
つらくなるのは当然なので。

 

そして、一つでも無理していることをやめる。
自分を大事にする選択を少しずつしてみる。

 

母親はやめられないので
どんな母親でいるのが無理がないか
自分らしさを活かせる母親像を自分で描くのです。
(母親やめる宣言した友人もいたけれど
それも自分が無理なくいられる選択だったんですね)

 

ありのままの自分でいられる場所は、必ずある

とは言え、
できない自分を認めることも、
他の人と違うことをすることも、
恐怖や不安がありますよね。

私もそこを少しずつ超えてきました。
超えたら、これまでと違う清々しい景色があります。

 

怖さを避けて
自分じゃない自分で生き続けるか

怖さに向かって
本来の自分を取り戻して生きるか

 

あおりたいわけではなく、
無理して生き続ける選択をしてほしくない
その一心で書いています。

 

本当の自分でいられる環境の一つとして
このブログにも訪れてくれたら嬉しいです。

 

参考記事

子どもを愛していないかもしれない…罪悪感からの、私は最高の母親だ!に再定義できた、愛のお話。
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おすすめ自己分析

最後に、
自分らしいかどうか、
それが感覚的にわかる人もいるし
なかなかわからない人もいて、

思考優位の私も、本当にそこが難しかったけど、

自分を正確に理解するために、
以下の項目を洗い出してみるといいです。

好き、得意、苦手、大事な価値観、
勝ちパターン、負けパターン、
自然にできてしまうもの、
がんばらないとできないもの、
気分が上がるもの、下がるもの、
一緒にいたい人、いたくない人、etc

自分をつくっている要素を
できるだけたくさん、
どこを切っても自分ってわかるくらい
自己理解が深まっていると
悩みや迷いが減ってきます。

おすすめ。

まとめ(というか私の溢れる想いになった)

私たちが生きてきたこれまでって
たくさんの既存の型があって
それに私たちが合わせる生き方、働き方が中心だった。

でも、実は、
1989年には「個性を活かす教育」って文科省から出されていた。
もう30年以上も前のこと。

私たち一人一人にそれがなじむのって
すごく時間がかかること。

先生像や母親像なんて
誰が明示したわけではないけど
これまでの親や学校や社会から教えられ
一人一人の性格やものの見方で違いはあれど

「子どもを育む」という大義ですよ、
責任感が強ければ強いほど
より理想を求めてがんばってしまうんだろうなぁと。

だから、このブログを読んでくださる方は
きっと日本のこれからをより良くしていく
力や熱意や志がある方だと思っています!
(私も含めて!)

こんなに長い文章を、最後まで読んでくれるのだから。笑
(書いているんだから!)

ぜひ、一緒に、本当の自分を取り戻して
真に社会に貢献する人になって
輝く人生を共に切り開いていきましょう!

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