kazukiストーリー

もう、いっぱいいっぱいだよ・・・
やめたら楽になるんだろうなぁ・・・

 

ふう。

いかんいかん。
頑張れば終わる、終わらせれば楽になる!
よーしっ!

甘いもの口に入れて、
気持ちを切り替えて、
また頑張る。

頑張る

頑張る

辛くなる

・・・

 

コーヒー飲んで、
よーっし!って気合入れて、

また頑張る

頑張る

頑張る

辛くなる

・・・

 

そんなスパイラルにはまっていた私。
そう、頑張れば終わるんですよね。

仕事も人生も辛いもの。
我慢はつきもの。

どうあがいたって何も変わらない。
何も変えられない。

今を耐えれば終わるんだから。
グダグダ言ってないで、やっちゃおう。

とりあえず終わらせよう。

 

”何かが違う”っていうのを感じながらも
そこに向き合うことを避け続けてしまった。

違和感に気づかないふりをして
表面的には何でもないように見えて

実は、
身も心もボロボロだった・・・

 

小学校の教員だった私。
忙しかった。劣等感だらけだった。

つらくて苦しくても
努力を認められれば嬉しくて、
大変なことも乗り越えてきた。

でもいつも、自己否定の嵐。

終わらないのは自分に何かが足りないからだと
無理をして、我慢して、頑張り続けて。

いつの間にかやりがいなんか忘れて、
ひたすら目の前のものをこなすことに必死になって、
自分を見失って、
いっぱいいっぱいになって、
それでも頑張って、頑張って、頑張って・・・

 

育児もまったく同じ。
もう限界!と心で叫びながら、
「でも私がやらなきゃ・・・」
って休むこともできず
イライラしては罪悪感と後悔。

自分も家族も大事にできないまま
辛い暗い日々だった・・・

 

それから1年、

私はその負のスパイラルから抜け出しました。

私を縛っていたものから解放されました。

気楽に生きられる!人生が楽しい!

自分も周りも幸せの渦に巻き込んでいる!!

 

自分をごまかすことをやめて
本当の自分の気持ちに正直になり、
好きなこと、やりたいことをやる人生へと
シフトチェンジしたのです。

こんなワクワクいつぶりだろう!

 

自信を取り戻し、
もっと良くなる未来に心躍らせ、
人生最高の今を味わっています。
できないことなんて、何もない!
そう思えるようになるなんて。

 

自他ともに驚く変貌ぶりなのですが、
一体何をしたのか?

 

それは「自分研究」です。

 

とことん自分に向き合いました。
それで気づいたのは、

”こういうもんだ”という
常識や思い込みに縛られていた私。

それを外してみたら・・・

 

こんなに楽に生きられる世界があるのね~!
こんな私がこんなにも誰かの役に立てるなんて!

 

そして、
無理も我慢もしない、
本来の自分を軸にした生き方・働き方に目覚め、
どん詰まりだった人生が、パーっと開けたのです!!

 

今が楽しい!
人生って素晴らしい!
10年後、20年後、30年後の未来も
このワクワクした感覚を保っていられる
そんな自信があります。

 

負のスパイラルに自らはまっていた
あの時の私のように、

 

なんかモヤモヤするんだけど・・・
私の努力が足りないんだよね・・・
みんなも頑張っているし・・・
弱音なんて吐いてる暇はない・・・
仕事ってこういうもんだし・・・
今を耐えれば何とかなる・・・

 

って、自分の声に気づきながらも
その本当の思いに蓋をしていませんか?

 

もっと楽に生きられる選択がしたい。
もっと素敵な自分になりたい。
もっと輝く人生を歩きたい。

 

そんなあなたに届けます。
kazukiストーリーです。どうぞ!

 

私という存在を諦め、嫌われない人になろうとした子ども時代

保育園、小学校時代の私は、
勉強も運動も、比較的できる方で

母や祖母や先生から
「さすがkazちゃん」「やっぱりkazちゃんだよね」って
できたことをたくさん褒めてもらい
それが私の自信の源になっていました。

一方で、外見にコンプレックスがあったり
実家で営んでいた織物業を古臭いと思っていたり
口には出さないけれど
そこにはあまり触れてほしくないという
プライドの高い子でした。

できる・やれることに関して自信はあるものの
根底にある『自分の存在』には
自信が持てなかったみたい。

 

中学、高校と進んでいくうちに
勉強でも運動でも目立たなくなり
また、個性を出し始めた魅力的な友達も増えてきて。
そんな中で、私の存在を認めてほしくて
私なりの個性を出してみるものの
「さすがkazちゃん」ではなく
「変なヤツ」と思われることもしばしば。
それはそれは大きなダメージになりました。

 

私の存在を認めてよ!

でも、嫌わないでよ・・・

 

いつしか
嫌われない人、受け入れてもらえる人に徹するように。

どんなことを言ったら変なヤツと思われないか、
どう振舞ったら嫌われないのか、
それが私の言動の主軸になったのです。

 

「自分の存在」を認められた教員時代。しかし拭えない違和感・・・

大学を卒業して、小学校の教員になりました。

「先生になるのが昔からの夢で・・・」
って人が周りに多かったけれど
私は成り行きだった。

それをずーっとコンプレックスに感じていたのも
今思えば、心の負担だったんだろうな。

 

さて、教員生活はというと、
元々まじめな性格だったので、
任された仕事は完ぺきにこなしました。

朝早くから夜遅くまで、
「早く帰りなー」と言われながらも、
目の前にあるタスクを、こなす、とにかくこなす。
やればやるだけ、いい授業ができるし、
クラスもまとまっていきます。

当時は独り身だったので、
自分の好きなように時間のやりくりができて、
もっともっと質を高めようと
毎日残業して仕事に没頭していました。

いくらやってもやり切れない。
全部思うようにできなくて悔しい。
私なんて先生に向いてないって思うことも。
それでも自分を鼓舞して、必死でやり抜きました。

 

その見返りというのでしょうか。
先生~!って子どもたちは慕ってくれるし
仕事ぶりは保護者、同僚、上司から高く評価されました。

自分という存在、自分の能力、努力を
認めてもらえているという充実感。

先生という職業は、
『私の存在』を認めてくれる!

忙しかったけれど、満足していました。

 

5年勤めあげ、二校目に転属。
異動してすぐ公開した道徳の授業が教育委員会の方の目に留まりました。
そこから、道徳を専門としたキャリアを積んでいくことになります。

道徳は面白い教科です。
研究しがいがあります。
考えても考えても答えが一つではないところ、
また、生き方の根幹を学べるところに、
私自身がドはまりしました。

道徳といえばkazuki先生と言われるように。
ますます『自分の存在』を感じられる。

 

ただ、仕事は増える一方でした。
担任としてひとクラスをもちながら、
道徳主任として全国区の研究発表のリーダーもやり
研修会などの講師として指導する立場も任され・・・

評価されたことは嬉しいし、道徳の研究をしているのは楽しい。

でも、忙しい、つらい、休みたい

さらに、湧いてくる違和感…

「本当にやりたいのか?」
「こんな私がやっていいのか?」

そんな疑念も自信のなさも押し殺してひたすら頑張る。
任された仕事をできなかったなんて言えない。
ダメなヤツだなんて思われてはならない。
やるしかない。

 

ちょうど同時期、不妊治療もしていました。
結婚4年目だったのですが、
忙しさゆえなのか、なかなか授からない。

 

あらゆる負担が重なって
もう、どれもこれもやめてしまいたい!

 

そう思っていた矢先に、
妊娠していることがわかりました。

思い詰めていた心が一気に軽くなり、
最後まで勤め上げ、無事に産休に入りました。

やっと仕事から離れられる・・・

 

しかし、
違和感を保留にしたまま休んでしまい
あんなことになるなんて・・・

 

 自分を傷つけていたことに気づく

無事に娘を出産。
さらにその育休中に息子を出産。

休んでいる間に、ヨガを習う機会がありました。
ここで「アヒムサ」という言葉に出会います。
「自分を傷つけない、他を傷つけない」という意味。

 

自分を傷つけない

 

この言葉に心を奪われました。

ヨガのポーズの指導も
理論のお話も
すべてのベースに「自分を傷つけない」がある。

無理のないリラックスした動き
自分自身にフォーカスした思考
今までの自分には無い視点ばかりで
新しい世界に足を踏み入れた感覚。

 

人に迷惑をかけちゃいけない
空気を読まないといけない
できないところ、ダメなところは見せちゃいけない
そうやってグッと力を入れ続けていた私。
無理や我慢で、リラックスを忘れていました。
自分を傷つけてきたんだ、と気がつきました。

 

無理しなくてもいいんだ
もっと自分を大切にしたい

 

そんな思いが芽生えました。

 

 自分を傷つけ続け、そして人生のどん底へ・・・

長女が3歳、長男が1歳になり、学級担任として復帰しました。

初めての育児と仕事の両立。職場異動からの再スタート。
さらに10年次研修も重なり、
覚悟はしていたものの、そこには厳しい現実が。

 

先生モードにはすぐ戻れたものの
新しい職場、新しい人間関係に慣れることから始まり
通常業務に加え、研修のための準備・出張
子どもの病気で勤務をやりくり
毎日の保育園お迎え~寝るまでの家事育児
残業ができなくなり早朝出勤・休日出勤。

復帰して1か月、それまでかかったことのない
身体的な病気に立て続けに襲われていました。

蕁麻疹に胃腸炎にものもらい

1か月で、ですよ。
相当疲弊していました。

 

しかし、
職場には恵まれ、同僚も上司も、いざというときは助けてくれた。
また、夫も協力的で
私が仕事に専念できるようにと家事育児を買って出てくれる。
クラスの子どもたちも本当にいい子たちばかり。
「小さい子がいるのだから」と理解してくださる保護者の方も。

どう考えても恵まれている。

 

この環境で仕事ができないのなら
それは私が悪い
私の頑張りが足りない

 

そう思い、どうにか日々を過ごしていました。
無理をしていることも自覚しながら。

 

自分を傷つけない

そうしたいけれど、
でも、私がやらなかったら、誰がやるの?
私がやらなきゃ。
みんな忙しい思いをして頑張っているんだから。

 

ある朝
とうとうベッドから起き上がれなくなりました。
涙が止まりません。

こんなに苦しい毎日が続くなんて
もう耐えられない。
もう私限界なんだ。

 

ベットの中でそれを悟っていながらも

 

でも

 

どうしたらもっと頑張れるか
私がやるべきことは何か

って戻ろうとする私もいる。

 

できないダメな自分をさらすわけにはいかない。
仕事が私を認めてくれたんだから。

 

数日休んで、また仕事に戻っていました。

 

でもこのことで
私の心は二つに分断されました。

一方は仕事をやり抜かなきゃと思っているけど
もう一方は完全に学校から離れている。

 

数日行っては、数日休む。
それを何度か繰り返しました。

 

今にも折れそう。
気力で何とか、かろうじて立っている。

学校からも病院からも
しばらく休むように言われました。

 

でも行かない選択なんてできない。
今まで築き上げてきた 私 が壊れてしまう。

そんなことできない!

行かなきゃいけない!

 

でも、

行けない・・・

 

 

そんな自分を責め続けていました。

学校に行けない私なんて、
誰の、何の役にも立たない、ダメなヤツ。
教員としての存在だって、母親としての存在だって、
私じゃなくてもいいんじゃないか?

自分の存在意義なんてない。
私なんていなくなればいいんだ。

自分を追い込むだけ追い込み
内側から壊れてしまいました。

 

うつ病と診断名もつき
管理職も動き始めました。

もう私は私でなくなったような気がした。

そして休みに入ることを受け入れました。

 

自分研究の始まり

私は教員を続けるべき?
そもそも私は何がしたいんだ?
何が好きで何が得意なんだ?
私は何者?

完全に自分が崩壊しました。
自分のことなのに何もわからない。

 

どうしたらいいの?
誰か…助けて…

 

病院では薬をもらうだけ。
カウンセリングをしてもらったけれど、
闇が深すぎて何も見えない。
何もわからない自分に焦る。
頼りにしていた夫もどうしていいかわからない。

 

わからない・・・

何も、見えない・・・

 

でも、

 

諦めたくない。

私の何がダメだったの?

ダメなところを直して元に戻りたい。

 

藁をもつかむ思いで、教員支援をしている先生の元へ。
そこで言われたのが

 

「あなたは悪くない」

 

ずっと自分が悪いと思ってきました。
私は悪くない・・・の?

 

半信半疑です。
だって、

私がもっと要領がよかったら、
私がもっと賢かったら、
私がもっと立派な母親だったら、
私がもっと心が広かったら、
私がもっと何でもできる人だったら・・・

そしたら全て上手くいったはず。
誰も傷つけずに、誰にも迷惑をかけずにできたはず。

 

こんな私なのに、ダメじゃないの?
悪くないの?
ちゃんとできていたの?

私は今までどんなことをやって、
どんなことを残してきたんだろう?

 

あまりにも忙しすぎて
目の前のものしか見えてなくて
自分を振り返るということを忘れていました。

 

「自分」を知りたい

 

自分研究の始まりです。

カウンセリング、コーチング、コンサル、
自分を掘り下げるワーク、読書、セミナーなど

自分に向き合えるものに
とことん時間もお金も使いました。

 

それらを通して、仕事に関しても自分自身に関しても、
あまりにも無知だったことがわかりました。

当たり前に残業をしていましたが
それはかなり無駄が多かったのだと知りました。
時間をかけてやればやるだけ良いんだと
それが、子どものため社会のためなんんだと
根拠もなく思っていました。

生産とは?貢献とは?キャリアとは?
仕事の本質を少しずつ理解していきました。

 

同時に、世の中のことを多面的に捉えられるようになりました。
教育、育児、環境、生き方働き方、なんでも
もっと自由に考えられるし、もっと良くなると思いました。
視点が大きく外側にいった感じ。
自分も良くならないし、世の中も良くならないと決め込んでいたのは、
狭い世界にいる自分でした。

いつも「誰か何とかしてよ」という他人任せばかり。
私にできることがある、という感覚に。

 

そして、内面は、コンプレックスばかり。
自分のことを自分の言葉で全く語れないことがわかりました。
はじめは涙しか流れません。
ぽつぽつ話せるようになって、
それに対してフィードバックをもらえて、
客観的に自分の状態が見えてきました。
ちょっとずつ、ちょっとずつ、
アウトプット、フィードバックを増やして、
自分を真っ直ぐに見つめられるようになりました。

他の先生と比較して全然できていないと思っていましたが、
私が担任で良かったと心から言ってくれた子や保護者もいました。
道徳の授業を楽しいと言ってくれた、
先生やお友達が大好きになった、
一緒に遊んで大笑いした、運動会で負けて悔し涙を流した、
泳げるようになった、縄跳びが跳べるようになった・・・

いろんな瞬間に確かに私は介在していた。
未来のための何かをわずかかもしれないけれど残せた。

14年働いてきて、はじめて
心から自分の仕事ぶりを評価することができた。

 

我が子にも辛い思いばかりさせていると思っていたけれど、
子どもたちは “ちゃんとした母親”を求めているわけではない。
抱っこしてほしい。トントンしてほしい。
一緒にいるだけでいい。安心がほしい。

「私の存在」が彼らの希望なんだとわかった。

 

小さくて弱い
無くてもいい

そんな存在だと思っていた自分に、
少しずつ自信が戻り、私がここにいる意義がわかり始めました。

働き方も、世の中のことも、
そして自分自身も
狭い価値観でしか見ていなかった。

想像以上に広がりがある。
もっとずっと可能性がある。
もっとやらなければならないことがある。

グーッと世界が広がっていきました。

 

エセを見抜かれ、再び自分研究の深みへ…

もっと自分を広げたい
もっと広い世界を見たい
私がここに在る使命を全うしたい

そう思い、退職を決断しました。

もちろん不安はありましたが、
自分の可能性にかけてみようと思いました。

 

その後、環境保護ボランティアを始めて、
保育士養成学校の事務手伝いを始めて、
またビジネススクールにも入学して、
自分も、世界も、広がるばかり。

世の中にはいろんな人がいるし、
いろんな働き方があるんだ。
もっと私の能力を発揮できる!
「私の存在」を感じることができる!

そうして、働きながら、
自分の思いをブログで発信する生活を始めました。

事務のお手伝いやボランティア活動では、
教員時代に培った事務処理能力と、
元々持っていた真面目さや情熱、向上心を見事に発揮。
「仕事できるね~」とお褒めの言葉をいただき、
『自分の存在』を噛み締めていました。

自分に可能性を感じる!
世の中に価値を提供できる!

どんどん自信がつきました。

 

そんな中、ビジネススクール内でブログを公開したところ、
読んでくださった先輩から、

「エセポジティブ感」を感じる

という言葉をいただきました。

 

え??

 

自信が戻った。
世の中のこともわかっている。
社会に出て高い評価もいただいている。

でも、エセ?
何かが違う・・・??

 

動揺しました。

エセポジティブ
つまり
前向きに見せかけて、強がっている。

確かに、自信を持てるようになってはきたものの、
何となく無理をしている感覚はある・・・

自信がついて
自分の意思をもって生きること、働くことが
できるようになってきた。
とーっても生きやすい。

でも、強がってる。
それは本当の”強さ”じゃない。
そして、私の文章にそれが乗り、
読んだ人に伝わっている。

 

こうやって人に指摘されたことを
真摯に受け止めることはできるけど
揺らぐ自分がいることも確か。

「やっぱり私はダメなんだなぁ」と。

 

私の中で、二人の私が会話を始めました。

 

誰だってダメなところあるでしょ?
生きやすくなったし、
私を必要としてくれる人もいる。
もう十分幸せだよ。

 

でも、本当の強さってどんなだろう?
自分の能力に自信はあるけれど、
ブレない、揺れない自分になれるなら
なりたい!

 

もう十分頑張ったよ。
楽に生きられるようになって、
本望じゃん。

 

本当の望み?
生きやすくなること、幸せになること、
うーん、何か足りない・・・
そうか、
もっと知りたい!
きっともっと素晴らしい世界があるはず。
もっと高みを目指したい!

 

こうして再び、自分研究が始まりました。

自分自身に向き合い続けて超えてきた先輩たちと
本当の自分に出会いたくて向き合い始めた仲間と共に。

今度は心の奥深く、ずーっと奥の方まで。

 

日々の習慣や無意識的な言動などから、
ん?と思う違和感をキャッチしては分析。
先輩に聞いたり、ブログでアウトプットしたり。

また、時間を遡って、
自分の幼少期、母、祖母の代、それこそご先祖様まで
思考を巡らせては
本当の私に還るヒントを探りました。

見たくない自分にも会いました。
それを打ち消そうと強がっている自分もいました。

それでも、本当の自分を知りたい。
自分に戻りたい。

それが
肩ひじ張らずに楽に生きられて
誰かのために本気で働くことができるという
新しい世界の扉を開く
最後の最後の鍵なんだ
本能でわかっていたんだと思う。

 

今までの人生、
ダメな自分を出さないように生きてきた。

子どもの頃からそう。

特に、大人になってからは、
ダメな先生なんて思われてはならない。
仕事のできる人でいなきゃ。

ダメな親になってはならない。
ステキな母親でいなきゃ。

できていることが当たり前。
時間も労力もそこに注いでしまっていました。

ダメな自分は隠して、
できる自分を見せようと必死。
それが「エセポジティブ感」…

 

ダメな自分を守る鎧を
ひとつひとつ脱いでいきました。

はじめは怖かったし、痛かったけど、

ダメな自分をさらけ出す度に、
強さを獲得していく実感がありました。

そうやって自分に向き合う作業をして
飾らない自分で歩き始めていたら

誰にも負けない、めっちゃ尖ってる部分と
ほんとにびっくりするほどできない部分と

これらがはっきりしてきました。

 

そうか!

できる私と
できない私

両方合わせて kazuki だった!

これが「本当の私」なんだ!

 

周りにエセを感じさせてしまったのも
自分に違和感があったのも
できない自分を隠して
できる私を見せようとしていたから。

 

できないものはできないでいい。
そのために仲間がいる。

できることをもっと伸ばすことに力を尽くそう。
これが才能だから!

 

この考え方が私を救った。
私を本当の意味で強くしてくれた。

 

もう強がらなくてもいいんだ。
がんばり過ぎなくていいんだ。

ありまままの自分で輝こう!

 

自分研究をして手に入れたもの

今まで知らなかった自分を
どんどん掘り下げました。

 

忙しすぎて振り返ることすら忘れてた。
ダメなところばかり見てしまってた。
そんなダメなところをカバーすることにエネルギー使ってた。
人の目ばかり気にして自分は置き去りだった。

 

そんな私が自分研究で
自分にどっぷり浸かった。

ダメさを見たくなくて
はじめは恐る恐るだったけど
少しずつ自分を真っ直ぐに見つめられるように。

そしたら、けっこう自分って悪くないじゃんって思えた。
(自分の中でダメ・怖いばかりが膨らんでた)
それを周りに見せても、誰も何も言わない。
(けっこう人は見てない)
(意外と無意識に自分を表現してるから別に周りは何とも思わない)

 

あれ?気にしてたの私だけ?

 

そこからは早かった。

あまり気にせずに自分を表現して
気楽に人と話せるようになって
好奇心むき出しで知りたいことどんどん聞いちゃって
そんな私を面白がってくれる人もいて。

 

あれ?これって出した方がいいヤツだったの!?

 

そう、これが私の才能だった。

知りたい!教えて!
私の話も聞いて!

自分のこうしたいっていう望みの通りに振舞うだけ。
私は知的好奇心が強いのに
「そんなことも知らないの?」って言われるのを恐れて
知りたい!を抑え込んでた。
自分の望みを隠してた。

望みって「自分の核」なんだ。
自分を動かす原動力。
それを押し込んでいたからいつもムズムズ、モヤモヤ
消化不良みたいな感じ。

望み通りに生きたら、スカーっとした。
なんの滞りも感じない。

 

むしろ、
人生が前へ動いていく!
しかも私が人生の舵を取っている!

 

この経験が私に
人生最大の学びをもたらしました。

人生とは自分を軸にして前進させることができる!

 

さらにいいことが。
ダメなところをカバーするために使ってたエネルギーを
別のところに回す術を知った。

自分の長所を伸ばすために使ったら
良さがどんどん研ぎ澄まされて才能開花し始めた!

ビジネスの勉強に使ったら
お金の使い方、考え方を学べた。
お金が減るって考えると怖さがあったけど
怖れがなくなり夫婦で脱サラまでしてしまった!

エネルギーを上手く使いまわして
イベント主催したり
ブログやSNSで自分を表現したリ
メルマガやコンサル始めたり
いつでもどこでも働けるスタイルを確立したり
好きなこと、やりたいことをやる人生を謳歌したり

やりたいことはもっともっと。

教員だった頃には考えもしなかった人生を歩んでる!

 

つらい苦しい経験がなかったら
一生わからなかったかもしれない
生きる力を身につけました。

 

人生も仕事も、自分の望みに従って動けばいい

人の目を気にせず、自分が心地いいことを優先していい

目的を見失わず、ゴールに向かって進めばいい

弱みを受け入れて、強みを才能として発揮すればいい

人とのつながりで弱みはカバーできる

今ある資源(エネルギー)を使えばいい

 

これによって、私の可能性は広がりました。
今まで無理だと思っていたことから解放されました。

「自分の存在」から”強さ”しか感じない。

 

未来をつくっているのは自分だ。
今目の前にある選択から未来がつくられる。
幸せな人生にするのも、不幸せにするのも自分次第だ。

 

自分が人生の主人公であることを体感してから
ますます人生が前進しました。

 

生き方や働き方は自分で選べる

これは、kazukiだからできるんじゃないの?

 

そうではありません。

 

人生は自分でつくれる

 

これを忘れないでほしい。

 

今や一カ所に留まって人生を終えられるような世の中ではない
というのは、一目瞭然。
好きな場所で、好きな時間に
好きなことをして生きている人は、もうすでにたくさんいます。
これをやっている人たちは、「特別な人」ではないんです。

視点をずらして様々なものを見ているかどうか
そして
可能性を信じ、諦めていないか

そのくらいの違いしかありません。

 

私はたまたま心の病気になって
視点が大きくずれて
世界が広いことを知って
それでたまたま諦めない性質をもっていて
たまたま掘り下げることが大好きで
自分研究を深めたら可能性を見出せた
というだけのこと。

どんな巡り合わせがあるかわからないもんです。

 

そんな私が言えるのは、

自分に真っ直ぐに向き合うことさえできれば
誰でも最高の人生を手に入れることができる

きっとこれを伝える運命だったんだろうな。

 

私のように病気になってどん底を味わう必要なんてないし
退職する必要も、引っ越す必要もない。

自分にとことん向き合う、それだけでできればいい。

そして自分の望み通りに生きて
気楽に、そして楽しくワクワクしながら
自分の力で人生を進んでいってほしい。

 

「生き方や働き方は自分で選べる」

 

どうか諦めないでほしい。
どうか自分を信じてほしい。
可能性を感じてほしい。

 

誤解のないように言っておきたいのは
「望みどおりに生きる」と言っても
楽してお金を稼いで、家事や育児を放り出して、豪遊するとか
そういうことではなくて
「好きなこと、やりたいことに汗をかく」ということ。

自分の本当に好きなこと、何よりも大事にしたいこと
人生でたどり着きたいゴールを
自分に向き合って、見つけて
それに一生懸命になるということはとっても気持ちがいいこと。

それこそが自分を満たし、人生を豊かにしてくれる。
さらに、そのエネルギーが他者をも幸せにできる。

そんな win-win-win な生き方、働き方を
実現して広めていきたい。

自分研究を深めると
自分の核がはっきりして
揺るがない強さを持つことができます。

大事にしている価値観と
好きなことと
得意なことと
才能と
望み、人生の目的

それらがぜーんぶ一致した
迷いのない最適な生き方・働き方を選べるようになります。

自分を知るためのツールはたくさんあるので
いろんな方法で、かつ、あらゆる側面から自分を研究してみてください。

ただし、時間は有限です。

情報が溢れる今、どこから手をつけていいのか
迷っている時間がもったいないので

ぜひ私のブログやメルマガを読んで
参考にしてください。

 

ここまで読んでくださりありがとうございます。
共感した部分がわずかでもあったでしょうか?

教員やそれ以外の仕事、家事や育児などをしながら

「このままでいいのかな…」

という違和感を持っていたけれど
でもなんとなく流してしまい
また同じようなモヤモヤした感覚に陥る。
そんなループにはまってませんか?

本当は

・もっと楽になりたい!
・もっと人生楽しみたい!
・もっと自信を持って生きたい!
・もっと仲間がほしい!仲良くなりたい!
・もっと幸せになりたい!
・もっと自分らしく生きたい!
・もっともっと人生良くしていきたい!

そんなふうに思っていませんか?

崩壊寸前を味わった私が
苦しさから解放され気楽に生きる方法や
ワクワクした人生のつくり方をお伝えします。

そして自分の力で人生を前進させていってほしい!

自分を研究した過程や成果
また多くの先輩方から教えていただいたことも
余すことなくシェアします。

ぜひ気軽に読んでみてください。

 

私が目指すのは
今あるものを最大限活かしてして、無理なく楽しく暮らすこと。

難しい、つらい ってなると進むものも進まない。

でもそういう中で才能を見つけて尖らせて
それを誰かのために使って
自分も周りも全体も気持ちよくなること。

これからの時代は、どの分野でも
個々の才能を生かして働くことがスタンダードになると確信してます。
そうでないと、もう生きていけない。
自分もそうだし、我が子や次の世代にも
本当の生きる力をつけていかなくてはならない。

何かに縛られることなく、無理も我慢もない、
好きなことに汗をかく、そんなエネルギッシュな人で在りたい。

人生は有限です。

あなたは今ある人生に本当に満足していますか?
誰かのために消耗してしまっていませんか?
本当の才能を眠らせたままにしていませんか?
未来のために有意義な選択をしていますか?

さて、あなたの心にワクワクは戻ってきましたか?
いやいや、そう簡単ではないですよね。
でも
目の前のことにいっぱいいっぱいになっている場合じゃない
という現実に気づき始めているはずです。

もっと楽に生きられるはずだ
もっと豊かな人生になるはずだ
このままじゃいかん、もっと良くなりたいー!

そう思われた方
なんとなくでも共感してくださった方
興味を持って下さった方
私の発信を見てみてください。

本来の自分に目覚めて
本物の力強さを得て
人生を未来を自分の力で動かす
その大きな一歩を踏み出す瞬間になることを祈っています。

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