息子2歳のイヤイヤ期への自分の対応を振り返って。余裕って大事ですね。俯瞰できるって神ですね。

過去のブログ(はてな)を見ていたら、
いい記事があったので(自分で言うw)
こちらに転載しました。

 

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娘と息子が心の底から愛おしい、
溢れる気持ちを抱きながら昨日は眠りにつきました。

それは息子のイヤイヤから始まります。

イヤイヤへの対処をしながら、
これまでの自分の育児や、今の自分の現状を思考したことを書きます。

 

下の息子は2歳7か月、
おしゃべりも上手になって、自己主張もしっかりできるようになって、
でもまだ自制はなかなかできない、
いわゆるイヤイヤ期真っ盛りです。

 

昨晩は大好きな電車の動画を観ていて、

「あと1つ観たら終わりだよ」

とお父さんに言われて

「うん」

と元気よく返事したものの、
終わることに納得しておらず、大泣きしてしまいました。

(ほんと、毎日同じことの繰り返し)

 

先に寝室に行っていた私のところに来て、

「お父さんがーー終わりってーー見たかったーーー」

と主張しました。

休日で夫がいたため心にゆとりがあったので、
(ワンオペの平日だと余裕ない汗)

「そうかそうか、見たかったんだね」
「終わりにしたんだね」

とにかく、否定せず共感、ひたすらそれだけ。

 

私の頭の中、

(心にゆとりがあると、これだけ時間を割いてあげられるんだなー
平日だったら、「約束したでしょ」って少し否定しちゃうだろうなー
娘のイヤイヤ期にもこうやって対応できたらよかったのに…)

 

これだけ心にゆとりが持てるようになったのは、ここ半年くらい。

それより前だったら、
自分の言動が子どもへ与える影響についても、
イヤイヤ期の重要性も、これほどわかってないし、
そもそも、自分が満たされていなかったから、
イヤイヤされたら、「どんだけ私を苦しませるの?」って思ってたはず。
平日でも休日でも関係なく、逆ギレしてしまっていたと思います。

 

いろんな大切なことに気が付けて育児ができているので、
息子は本当に伸び伸び、いわゆる自己肯定感が高い子に育っています。

一方、娘は自己肯定感でいうと、少し私の言動によって揺れることがあります。
イヤイヤ期真っ盛りの時に、否定しまくってしまったからだと思います。

途中から軌道修正できたので、
対外的には超自己肯定感高いし、本来の天真爛漫な姿に近づきつつあります。
何かあったときには、揺れやすいというか、感じやすさは残っています。

でも当時の私はそれが精一杯だったし、
それを経て、下の息子に今の精一杯を出せているし、
上の娘にも今の精一杯で接しているし、
誰も何も悪くない、
これからの未来はこれからの行動で何とでもなるから、
心配はしていません。

というか、子どもたちの変化や成長が楽しみで仕方がないです。

 

そんなことを想いながら、子どもたちを眺めて、
はぁ~幸せ~な気分になっていました。

 

1年前、生きるって苦行なんだと思っていた私、
こんなに苦しいなら、もういなくなりたいと思っていた私が、
自分を肯定できて、人生を肯定できて、
こんなに心から満たされることを感じられて、
それは苦しさを乗り越えたからであって、
すべての人や出来事に感謝できるほどに。

 

ここまで言うと嘘くさく感じますがw
人生ありがたや~~~の連続です。

 

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今でも、余裕なくなる時があります。
人はそんなにガラッとは変われない。

でも、こういう瞬間を大事にできる自分になれた。

悲劇のヒロインじゃなくて、
いいこともつらいこともあるけど、
私は私の人生を歩いているという感覚。

大事にしたいものを大事にして
怒るときは怒って
泣きたいときは泣いて
ただただ、自分として生きている。

当たり前のことなんだけど、
ぜんぜんできなくて、苦しかったなーーー

いつも何かを演じてるような。
そうでないとそこにいられないような。

いい先生、いい母親、いい人でいることを
自分に課して、めっちゃ苦しかったなーーー

今でもありますけどね、
いかんいかん、と自分に戻る癖がついたというか。

 

自分の感情や理性に支配されない
素の自分で、軽やかに生きていきたいものです。

 

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