しめ縄作りの話から、結局人生の話になりました(笑)「正しさよりも大事なこと」

雑記

おはようございます。kazukiです。

 

師走になりました。

全然焦ってない、むしろワクワクしている年末は
初めてかもしれない。

 

昨日、しめ縄作りに誘ってもらって、行ってきました。

それで考えたあれこれ。

 

書いていたら、

しめ縄の話から
自信を高めてチャレンジする話、
そして自分や家族の心地いい在り方の話、

に発展していきました。

私の頭の中、どうなってるんだ!?

自分でも制御不能ですが、

興味があれば読んでみてください。

 

しめ縄の意味

群馬県前橋市にある「室沢棚田」

 

地域に残る棚田を守ろうと発足して活動していたものの
年配の方が多く存続が危ぶまれていたところ
ママたちが立ち上がって今年からサポートを始めたそう。

その最初の年に収穫された稲わらで作るしめ縄。
貴重ーー

 

いや、しかし、しめ縄を作ったこともなければ
毎年飾る習慣もなかった。
意味もわからないので
今、ググってみたw

しめ縄飾りは、幸福・豊穣(ほうじょう)を運んでくれる『年神様(としがみさま)』を家に迎え入れるためのもの。

しめ縄には、神様のいる清らかな領域と私たちがいる空間を隔てる“結界”の役割がある。『しめ』には『神様が占める場所』という意味があるとされ、天の岩戸に隠れた天照大神(あまてらすおおみかみ)が外に出た際、再び天の岩戸に入ってしまわないよう、しめ縄で岩戸を閉じたという日本神話に由来するといわれている。

 

自信って「安心感」からくる

築100年の古民家に住む私たち。
曾祖父母の代から受け継がれてきた神棚があります。

怒涛のごとく進んできたこの2年あまり。
(うつになって、夫婦で脱サラして、田舎移住、そして学校づくり)

こんなに幸せで恵まれてるって思えるのも
神様に守られてきたからかもしれない。

神様がいるかいないかなんて見えないし
全く感じない方なのでわからないけど

 

大きな大きな手の中で守られているんだって
1日1回でも思い出すことができれば
何だってできそうな気がする。

 

そんなふうに思えるようになったからなのか、
自信がなくて、失敗が怖くて、
何もできない自分がもどかしくて仕方ない
そんな私だったのに
いろんなチャレンジをしてこられたんだろうな。

私にとって「安心感」っていうのは永遠のテーマみたい。

 

ちょっと話は逸れたけれど、、

日頃の感謝を込めて
そしてこれからも守ってもらえるように
今年はしめ縄を飾ろう。

こんなにボサボサになったんだけどw
ちゃんと整えてから飾ります。

 

ちなみに、先生の匠の技。

間違いなく神様が来てくれそう。

 

意味を知っていて、
心を込めて丁寧に扱い、
大事に思っている、

そういう人のつくるものって、本当に美しい。
思いって、表れますからね。

私もそういうものを生み出せるよう、精進します。

 

「正しい」なんてない。

今日誘ってくれたのは、れいなさん。
4人の男の子を育ててるめちゃくちゃパワフルなママ。

学校を作る!って言って繋がった方。

何年も前から地域で子育てコミュニティをつくって
自然の中で、親子で楽しく遊んで学べる場を提供してきた。

まさに、私が、理想とする学びの場!

第1回目の授業を試みてみた。自然農とニワトリとの暮らしから学んだこと。
こんにちは。kazukiです。 「学校を作る」宣言をしてから、早2週間。 10年経っても50年経っても100年経っても 半永久的に私たちの人生に 良い影響をもたらしてくれる学び、 私もしたいし、 大人にも...

 

子どもは伸び伸び。
たくさんの人や自然に囲まれて
多様性やら生き方に触れる。
大人も解放されて自分に戻れる。

あぁ最高。

 

・・・と思っていたんだけど
れいなさんの息子くんはどうやらそれが合わなかったらしい。

たくさん人がいたり、にぎやかだったりすると
怒っちゃったり、かき乱されちゃったりする。

 

私の価値観が揺らいだ。

 

たくさん人がいればいいってわけじゃないんだ。

たまたま私やうちの子や周りの人たちが、そうだっただけで
みんながそれを望んでるわけじゃないんだ。

 

やっぱり、「これが正しい」なんてない。

 

その中にくくってしまうのでは
私が「違う」と思ってた学校と同じになってしまう。

一人一人みんな違う。

それがいいんだから、違うからいいんだから、
それを大事にできるような場にしないと。

 

よかった。
独りよがりの正しさで突き進まなくて。

 

「正しさ」じゃないなら、何を目指したらいい?

自分の思いもあるけれど
相手の思いもあるということを忘れちゃならない。

私は私の人生を歩いているけど
みんなそれぞれ自分の人生を歩いているということも。

夫婦であっても。
親子であっても。

 

昨日の夕飯、美味しくできたんですよ。

あつあつを食べたいのに
なかなかお風呂から出てこない人たち。

食べたい。でも団らんもしたい。

もーー!!(怒)

 

出かけようと準備しても
遊びたくてなかなか着替えない、ご飯食べない人たち。

もーー!!(怒)

 

毎日そんなのばかり。

家族ってどうしてもお互いを縛る存在になってしまう。
(うちだけ?)

私も、子どもや夫によって自分の行動が制限されるし
子どもや夫も、私に振り回されることが多々。w

 

団らんが正しいのか?
約束の時間に出発することが正しいのか?

そうじゃない。

 

じゃあ何を目指していったらいいのか?

 

それは、「どんな家族で在りたいか」なんじゃないかな。

それこそ、それぞれで違う。正しさなんてない。

何が心地いいか。
何が自分たちに合っているか。
何が心満たされることなのか。

そこは追究して見つけていった方がいいと思う。

夫婦でも親子でも、こういう話はどんどんした方がいい。

ここは激論交わしていい。私は交わしたい。w

 

理想の学び場

何が正しいか、じゃない。

どう在りたいか、なんだ。

家族の在り方もそうだし、
自分の在り方もそう。

正しさで縛ったり縛られたりするから
苦しくなってしまうんだ。

 

れいなさんはすごい。
すぐに息子くんに寄り添うことを決めて
今まで取り組んできた集いを手放したそう。

なかなかそんなことできない。
上手くいってたのに。
自分がいいと思っていた形ができてたのに。

でも、正しさで動いていなかったからなんだろうな。

一人一人の違いが良さなんだとわかっていたんだろうな。

「こうあるべき」じゃなくて「あなたはそうなんだね」を大事にしてた。

 

それって、自然と向き合ってきたからなのかもしれない。

 

日照時間が違っても
雨の量が違っても
温暖化で気候が変化しても
全部受け止めてちゃんと育つ。

葉や茎や実を
相手が欲したらどうぞって与える。
それでも自分はまた芽吹いて育つ。
生き生き伸び伸び大きくなる。

 

自然の力ってすごい。

美しい。

そこに正しさなんてない。

起こることはすべて自然なこと。

そういう受け止め力なのかもしれない。

 

そんな偉大な心はなかなか持てないけれど
そういう生き方を少し真似することはできるかもしれない。

まだまだ正しさに縛られてしまう
そんな心のちっちゃい私にはできないことだらけだけど
私にもできることはきっとある。

 

すべての人の「こう在りたい」が叶うような場。

誰にも何も押し付けられずに
「ありのままの自分」でいられるような場。

こんな私だからできる学びの場づくりをしていこう。

 

娘の集中力はすごい。

いろんな人に声かけてもらったね。

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