幸せの絶対条件5つ! 高収入でも、老後の保障があっても、幸せになれなかった 元教員が見つけた幸せの形

人生やり直し・ライフシフト

14年勤めた教師という仕事をやめて
「生きる」ということや「幸せ」というものに
ずっと向き合ってきた私。

が見つけた

「幸せの絶対条件5つ」をご紹介します!

 

 

子どもの頃の幸せ

当然なんだけど、
教師になる前だって、子どものときだって、
ずーーっと幸せを求めてきた。

 

家族旅行で温泉にいったり
スキーに行ったりディズニーに行ったり

ボーリングしたり卓球したリ
麻雀や花札もよくした。

友だちを誘ってドッジボールしたり
ゴム段したりドーンじゃんけんしたり

ハンバーガー食べに行ったり
古着屋さんに行ったり

水泳大会や陸上大会で
1位を目指してチームでがんばったり

かるた大会も出たなぁ。

そうそう、好きな人の話で盛り上がった!

 

子どもの頃の幸せを思い出そうとしたら
こんなのが出てきた。

 

幸せって「楽しい」に直結してるのかもしれない。
それと「挑戦」も大いにある。
そして「仲間」がいて「ワクワク」がある。

 

もっとさかのぼると
赤ちゃんの時は
抱っこしてほしい、おっぱい飲みたい、
それが叶えば幸せだったんじゃないかな。

手を繋いで歩くことや、
一人で駆け出したと思ったら
お母さんの胸に戻ってきて安心する。

そう、「安心」が大事だった。

この安心があるから
次の段階の、仲間との出会いや挑戦があり、
ワクワクを求めて、外へと世界を広げていける。

そうそう、この感じ。

 

幸せから遠のいたあの日

でもいつからか、
受験していい高校、いい大学に入って、
安定した職に就くことがゴールになり、
私は新卒で安定の公務員になることができた。

夫も大手の企業勤め、
お互いに忙しい時期はあるものの、
マイホームもマイカーもあって
年に1度の海外旅行、
二人の子どもに愛犬1匹、
もう理想も理想、そんな家庭を築いていた。
老後まで保障されていた。

 

でもね・・・

私は心底幸せではなかった。

 

幸せな瞬間はたくさんあったけど、
でもその時が過ぎると、
晴れ渡ってはいない。曇りがち。
言葉にはならない「なんか違う」がやってくる。

 

 

「一般的な幸せ」の形

はじめは、教員という職業柄のせいだと思っていた。
無駄が多いし、本当に子どもため?という疑念が拭えないし、
教育者なのかサービス業なのか、わけがわからない。
でも目の前にいる子どもたちを何とかしなくちゃいけない。

違和感を持ちながらも仕事を続けたために
自分が壊れてしまったと。

その側面がないわけではないけど、

でも、教員やめて
生き方働き方に向き合って
いろんな職業の人に出会って
話を聞いて
わかった。

職業がどうこうじゃない
お給料がどうこうじゃない
持ち家だからとか、子どもが何人とか
そういうことじゃない。

ただ、
私の心が感じる「ほんとの幸せ」を
どこかに置いてきてしまったんだ。
忘れてきてしまったんだ。

 

安定した職を子どもの頃は求めてなかったし、
マイホーム、マイカーはあってもいいけど
それがあるから幸せ、ってわけではない。

何をするために家や車があり
何をするためにお金が必要なんだろう。

そこを考えることなく、
通俗的な幸せの在り方を目指してしまっていた。

 

「ほんとの幸せ」のための5つの条件

この「何をするために」が大事なんじゃないかな?

私は何がしたいのか
何をするために生きているのか
何で幸せを感じて
何で生きている実感がするのか

 

「何」は、みんなそれぞれ違う。

でも、それをしているときの状態として
共通していることがある気がする。

 

赤ちゃんの時のように
ありのままの未熟な自分でも安心できていること

そして、
仲間がいること
楽しいこと
挑戦し続けていること
未来にワクワクしていること

これらがあってこそ
「幸せ」なんじゃないかな?

 

教員時代は、
ちゃんとした先生でいなければとがんばっていて
いつも焦りや不安があって、「安心」ではなかった

楽しさや挑戦よりも
踏襲すること、先輩先生に合わせること、
失敗しないこと、問題を起こさないこと、
そんなことに注力していたなぁ。

みんなに合わせることをがんばって、
本音が言えずに孤独すら感じてた。

母親になっても同じことを繰り返した。
周りのママ友に合わせようと、
顔は笑っていても、心は必死。
気を張って、遠慮して、空気読んで、
仲間のようでいて、心は孤独。

 

何をしても、どうもがいても、
こんな私の未来にワクワクなんてない・・・・・・

 

想像もつかない自分になれる

そんなときに、
自己に向き合う機会を得た。

こうだと思ってきた
幸せの形も
大人の像も
生き方働き方も

ぜんぶ誰かの価値観なだけであって、
私のものじゃなかった。

私の幸せの形は、私が決めるもの。
私の生き方は、私が決めるもの。

 

母親らしさとか社会人らしさとかじゃなくて

「自分らしさ」がまず大事なんだ。

 

私が望む「安心」と、
私が大好きな「仲間」と、
私が心から感じる「楽しい」と、
やりたいからやる「挑戦」と、
未来への止まらない「ワクワク」を

ぜーんぶ満たせるようになって
やっと、身体に染み渡る幸せを実感しているんだ。

 

外へ外へ、どんどん広がっていくこの感じ。

決められた枠の中で過ごしていたら
きっとずっと気づけなかったほんとの幸せ感、充実感。

私たちは、自分の可能性も広げていける。

人生の幅ももっと広げていける。

想像を超える未来を生きることができる。

 

延長線上にない自分になろう。

5年後、10年後、今と同じじゃつまらないもんね。

 

まとめ

実は、10カ月ほど楽しくて続けてきた仕事が
なんか違う・・・ってなりかけ、
それで今日はもう一度「幸せ」の原点に還りたくて
書いてみました。

いくら上手く稼働していても、
幸せを感じていなかったら続かない。
またあの時のように、
本音に蓋して、妥協して、我慢して、
自分が自分じゃない状態で生きるなんて
そんな命を削るようなことはしたくない。

 

私の命は輝かせるためにあるんだから!

 

誰のものでもない
私の人生を最高に幸せなものにするために
今日も一生懸命、生きていきます!

コメント