子どもを愛していないかもしれない…罪悪感からの、私は最高の母親だ!に再定義できた、愛のお話。

行き詰まりから解放される

こんにちは。kazukiです。

 

先日の話。

赤ちゃんを抱っこして歩くママさんがいました。
幸せそうに話しかけながら、散歩している。

 

それを見て、私、どんなこと考えたと思います?

 

本当に子どものこと、好きなのかな?
無理してないのかな?

 

そんなことが、ふと浮かんできたんです。

 

ママさんを疑っているんじゃない。

我が子が赤ちゃんだった頃の、
いや、もっともっと最近まで、
自分が抱いていた違和感を思い出したんです。

 

私は、子どものことを愛していないのかもしれない・・・
無理して一緒にいるのかもしれない・・・

 

口には出せませんでしたが、
だって、完全に母親失格ですもんね…

でも心の中は、
無理しているのを感じていて、

でもそんなこと言っちゃいけないって

その狭間で苦しみ、
いつも泣くのをこらえていました。

 

「母親失格なんじゃないか…」

我が子を愛していないなんて、
そんな自分に向き合うのが、
怖くて怖くてたまりませんでした。

 

だから必死で見ないようにしてた。

 

でも心では感じていた。

 

辛かったなぁ・・・

 

我が子なのに、
一緒にいたいと思えない、
愛していない?そんなわけない。

かわいいと感じることもあるんです。
愛しい存在なんです。

 

でも、
我が子を第一に考えている
優しいまなざしを送っている
あのママとは違う。

我が子のために誠心誠意尽くすママ、
楽しんで育児しているママ、
我が子が大好きで大好きで仕方ないママ、

 

私は違う。
私はどこかおかしい。

私は自分のことを優先してしまう。
子どものことより、
まず自分のやりたいこと。

 

そんな母親おかしいよ。

でも、でも・・・

 

ずっと抱えていたモヤモヤの正体が、
自分に向き合うことで、
少しずつわかってきました。

 

育児でも、その他のことでも、
なんか違う、って
モヤモヤを抱えていたのは、

私が一番大事にしたいこと、
私自身の価値観に、
気づいていなかったから。

誰かの価値観を正しいと思い込んで、
そうでない自分はダメだと決めつけて、
自分で自分を苦しめていたんです。

 

そして私は気が付いた。

私が一番大事にしたい価値観は、

「可能性を最大限に活かすこと」

だったんです。

 

だから、
自分の可能性が閉じていることが
もどかしくて仕方ない、
もっとできるはずなのに、
もっと幸せになれるはずなのに、

どうして私はここにいるの??

今いる場所、
今やっていること、

それが自分の価値観に根ざしていなかった。

 

だから我が子そっちのけで、
自分が求めていることを
ずーっと探していたんだなって、

今ならわかる。

 

あの時、私は間違ったことなんて
何一つやってなかった。

 

「母親」を再定義した。

自分の価値観に気づいてからは、
持っている可能性を最大限出すよう生きています。

今はこの情報発信、
そしてその先にあるビジネス。

だから、子どもより自分のやりたいことを
優先してしまいます。

どうしても集中したいからって、
夫に、子どもを任せることが多いです。
2泊3日で旅行してもらったこともあります。

最初は、
こんなことしていいのかな?
やっぱり母親失格なんじゃないかな?
そんなこともよぎりました。

でも、
私の奥の方から湧き出る思いを感じるんです。
もう嘘はつけません。

 

そして、
これだけ自分のやりたいようにやらせてもらうと、
不思議と、家族のために尽くしたいって
気持ちが湧くんです。

 

尽くさなきゃ  じゃなく、

尽くしたい   です。

 

そう、
自分の追い求めたいものを
やり続けた先に、
自然と

「誰かのためにやりたい」

が出てくるんです。

 

今私がやっていることは、
一般的には受け入れられないかもしれない。

母親なのに子どもを追い出して、
何やってるんだ!?

って、言われるかもしれない。

 

でも私は強い気持ちがある。

「可能性を全部出し切りたい」

これは、もう、動かせない事実。

 

出し切ったって思って、死ねれば本望。
だからそのために、必死になっている。

 

最初は自分の可能性にばかり
目がいっていてわからなかったけれど、

いつしか、気づいた。

 

私は家族の可能性も最大限出したいんだ。

 

夫も素晴らしい力を持っている、
なのに今のままでいいの?
いいわけないじゃん!(半ば強引w)

退職を勧めたのはそういう理由もあります。

 

そして、我が子、子どもこそ可能性は無限大、
でもこの生活の延長線上には、
それが閉じてしまう未来が見えてしまった。

だから、転居を決めたし、
北海道にしばらく滞在することも決めた。

今後は定住せずに、国内外転々としたいという思いがある。
そういう中で、
私や夫の苦楽や葛藤、生き様を近くで見て感じて、
また、多くの人の暮らしや思いに触れて、
自分の人生に向き合ってほしい。

子どもたちの可能性を拓きたい。
最大限拓きたい。

それが絶対に彼らのためであり、
世のため人のためである。

そう信じて止まない。

 

これこそが私の子どもの愛し方だ。

 

今なら自信を持って言える。

 

私は最高の母親だ!!!

 

子どもを、こう愛さなければならない

なんて、ない。

真実は、愛しているということだけ。

ダメもないし、失敗もないし、
決められた愛し方なんてない。

自分でつくればいい。

いや、自分ですでに持っている。

気づけー、気づいてあげてー。

 

自分の価値観で生きる時代

子どもの愛し方だけじゃない。

仕事への向き合い方だって、
一日の過ごし方だって、
家の散らかりようだって、
メイクの厚い薄いだって、
パートナーの選び方だって、
食事内容だって、
お金の使い方だって、

その人の美学、その人の価値観、
その人が大事にしているものによって、

基準は違う。
みんな違っていい。

何を大事にしているか、
その価値観を通すと気持ちいいか、

それで説明がつけば、
すべてスッキリする。

 

誰か何か言おうもんなら、
価値観を押し付けようとしているだけ。

参考にすればいい。
それに縛られる必要はない。

 

自分の価値観で生きる時代なんだから。

 

情報があふれていて、
これだけ多くの人の人生や価値観が
手に取るようにわかってしまって、
違和感をもつのも当然で。

誰かに合わせていくのか、
自分を突き通すのか、
それも自分で選べばいい。

 

仕事も、人生も、価値観も、
自分でカスタマイズできる。

そのくらいの軽さで。

 

でも、そういう人生を選んだなら、
自分に向き合う強さも、
自分を貫く情熱も、
同時に必要なんだな。

 

ずっと苦しかった私からしたら、
違和感のないこっちの人生の方が、
楽ですよーと言えますが、
道のりは、それなりに険しいのかもしれない。

 

愛に包まれた人生を!

私のすべての選択は、
私の価値観に沿ったもの。

自分への愛であり、
子どもへの愛でもある。

そして、
人類、動植物、地球、
すべてのものへの愛なんだ。

だから、誰が何と言おうと、
この愛を貫く。

 

愛のための価値観は、
誰にでもあるものだと思う。

というか、ある。絶対に。

 

子どもへの罪悪感、
家族への怒り、
社会への違和感、

これらは全部全部、

 

「kazukiの価値観と違うよ」

 

ってことを教えてくれたと思っている。

 

もし、そのような感情を
何とも言えない思いを抱いているのなら、

きっと、
自分の価値観に気づこうとしているタイミング。

だから、大事にしてほしいなって思う。

何にも間違ってない。

 

なんだよ。

 

私はダメかもしれないという
恐怖や不安に負けないで。

自分の内側から湧き出るものを信じて。

自分を守りたくなる気持ちもわかるけど、
もしかしたら、
今は戦うときなのかもしれない。

 

でも、どうかどうか、忘れないで。

支えてくれている人たちがいることを。
応援してくれている人たちがいることを。
あなたを愛してくれている人がいることを。

その人たちのためにも、
愛を貫いて!

 

共に戦おう。
敵はいないけどね。
それだったら、
共に楽しもう!かな。

人生は、まじでまじで素敵なんだよ。

 

最後に、19歳からのコメント紹介させて!

「私は私の人生を歩んでる」ってツイートしたら、
19歳から返信が来ました。

いいお母さん って。

今は、自分ばかり大事にしているような気がして、
うっ となる時もあるけれど、

我が子が大きくなったら、
こんなふうに思ってくれるのかもって
希望が持てました。

ゆうさん、ありがとうございます。

 

我が子に、自分らしく生きてほしい。

それが一番伝わる方法は、

母親が自分らしさを大事に生きている、

その姿を見せることなんじゃないかって、
思うんです。

 

今日も出し切っていこう!

コメント