元教員が語る、先生の苦労話、現在の教育の悪循環、宿題って学校って本当に必要?そんな話。

つらい苦しい育児からの解放

こんにちは。kazukiです。

 

今日は早速内容に入ります。

 

元教員の私、
そして、
1年後に小学校入学する娘を持つ私、
そしてそして、
生きるために本当に必要なことに気づいて
人生が変わった私が、

毎日の宿題のことから、
学校の在り方、
先生のがんばり、先生の思い、
教育に対して思うところを
書いていきます。

 

自分らしさを抑えざるを得ない先生。間近で見る子どもたちは?

マンションの玄関ホールで、
下校後の小学生が宿題をしています。

毎日宿題を提示して、
毎日チェックしていた
教員時代を思い出しました。

 

新学期の懇談会、
必ず宿題の説明をしました。

・宿題の意義は
・どんな内容を出すか
・家庭でここを見てください

先輩たちに教わったことを元に、
家庭の要望に沿わせて、
地域柄にも合わせて、
同学年、他学年とも擦り合わせて、

全てに辻褄が合うように、
一本筋が通るように、
しっかりと準備して伝えていました。

 

でも、内心
「突っ込まれたらどうしよう・・・」

 

そう思っていて、
懇談会は恐怖でしかありませんでした。

 

準備している以上のことを言われたら、
私、何も答えられない。
そんな心もとない状態で担任をしていました。

 

だって、
本当に宿題が大事かどうかなんて
考えたことなかったし、
教わってきたこと、言われたことしか
私の中に蓄積してなくて、
そこに私の信念は乗っていない。

 

いや・・・

そもそも、信念なんて、なかった。

単なるロボット。
AIにとって代わられる存在。
一人じゃ何もできない、
ただただ依存して生きているだけだった。

 

「依存」の関連記事はこちら。
依存体質だった私が、自立できたワケ
夫婦の問題の根っこは「依存」だった

うつになって休職した頃、
宿題一つとっても、ろくに考えてない、
そんな状態で10年以上教員を続けてしまって、
申し訳ない、迷惑しかかけていない、
そんなふうに思っていました。

 

でも、学校から離れてみて、
気づいたんですが、

信念はちゃんとありました。

そして、ちゃんと表していました。

 

嘘をつかない とか
やると決めたら最後までやる とか
できることは全力100%出す とか
誰にでもいいところはある とか

毎日毎日
言葉で伝えて、
態度で示して、
だからうちのクラスいい子たちばかりだったんだー(涙)

 

それら信念は、
私にとって、あまりにも当たり前すぎて
それが自分のカラーだったなんて気づかないで、

もっとあの先生みたいにビシっとやらなきゃって、
保護者に信頼される担任にならなきゃって、

無理してビシっとしちゃったりして、

それで倒れちゃうんだもん、ばかみたい。

 

子どもに伝えてたみたいに、
「誰にでもいいところはある」んだから、
私なりのいいところに気づいていればよかったな。

 

もちろん
あの人みたいになりたい、
もっとこうなりたいって努力するのも悪くない。

 

でも、今のままでも悪くない。

 

辞めてからですけどね、
そんなふうに思えるようになりました。

きっと、あの時倒れてなかったら、
ずーっと自信がないままだったかもしれない。
私らしさがやっとわかりました。

自分らしさよりも、
立派な教師と見えるように、
そこに注力せざるを得ない状況に置かれた先生たち、

精神疾患での休職者も増える一方です。
心の病休職教員2年連続増加

 

私の感覚ですが、
メンタルの強さを求められているような気がします。
対子ども、対保護者、対長時間労働。
先生は日々戦っています。

先生は兵士じゃないのに!

その人らしさを抑えた先生に教わる子どもは、
きっとその子らしさを抑えるようになる。

そんなふうにしか生きられない
大人を見た子ども達は、
きっと社会に幻滅する。

学校現場は、
そんな悪循環を作っている気がしてなりません。

 

宿題は必要?学校も必要?

うつになって物事を俯瞰して見られるようになった
元教師の私が、

これからの未来をつくっていく子どもたちにとって、
宿題が必要かどうか考えてみると、

あってもいいけど、やらなくてもいい と思います。

 

学校だって、

あってもいいし、行かなくてもいいと思ってます。

 

やる・やらない、 必要・不必要、 じゃなくて、

大事なのは目的。

 

何のために宿題をするの?
何のために学校に行くの?

 

すべては、未来を生き抜くため。でしょ。

未来を生き抜く力になっていればいいと思う。

 

・漢字の書き順を覚えていることは必要ですか?
・計算50問を全問正解することは必要ですか?

 

よく、ノートに1行ずつ漢字練習をしますよね。
それを、一画目だけ一気に1行分書いて、
次に、二画目をまた一気に書いて・・・って
やる子がいるの、わかります?

そういうの、
「意味ないから、ちゃんと一文字ずつ書きなさい」
って直させていましたけど、

今思えば、
これぞ、生き抜く力ですよね。

一刻も早く終わらせたいその子は、

・独自のやり方を編み出した!
・漢字練習よりもやりたい事がある!
・やりたい事のために一生懸命考え抜いた!

どれも素晴らしい事です。

今、やりたい事が見つからない若者が増えていると聞きます。
(私もその一人。若くないけどw)
やりたい事があったはずの幼い頃に、
こうやって、やりたい事よりやらなきゃいけない事に
どんどん侵されてしまったからなのかもしれない。

漢字の書き順なんて、
全然知らなくてもいいじゃないですか。
それよりもっと大事なことはたくさんある。

 

でも、書き順も大事になることはある。
ずっと書道をやっていた私、
正しい書き順と、美しい字はリンクしています。
整った文字を書けることは、
教師として持っていてよかったスキルです。

ただ、
私にとって、書き順や整った文字は、
生きるために必要な力となってくれましたが、
それが全員に必要なものかどうか・・・

 

漢字練習によって何を学ばせたいのか?

という目的と、
各々の個性と未来の視点とを鑑みて、
学習に取り入れる必要があると思います。

 

計算問題も同じです。

50問全問正解が、
20年後の未来にとってどれだけ重要か、
どういう目的で、何を学ばせたいのか、

そう考えると、
宿題の内容も、出し方も、
やらせ方も変わってくると思います。

 

学校も行くことが目的じゃない。
行ったら未来を保証するチケットがもらえる?
そんなわけない。

学校は、
「よりよい未来を生きるための手段」なだけで、
そこでどう行動して、何を学ぶか、
それによって未来は変わってくる。

行くもんだと思って、ただただ行っていたら、
それこそ時間の無駄になってしまう。

一番吸収して成長する時期、
絶対に無駄にしたくない。

 

ロボットのような大人にしてしまう?

誰にとって何が大事なのかは、千差万別。

それなのに、
一律同じことをやらせようとして、
それでその子の評価をつけて、
それによって親も我が子の位置を認識し、
そしてその子自身が
「自分はこんなもんだ」と思ってしまう、

それは、絶対にあってはならないこと!

一人一人の素晴らしい力を
そんなに簡単に枠に収めようとしないでほしい。

子どもたちの中で光っている才能の芽が
今日もまた一つ、また一つと
摘まれてしまっているのが見える。

 

子どもの可能性を伸ばすどころか、

みんなと違うからダメと言われ、
集団活動を乱すから直せと言われ、

平均的な普通の人になって卒業していく。

 

そんな子どもたちが、
大きくなって、

自分って何だろう、
好きな事って何だろう、
やりたいことが見つからない、
自分のことなのにわからない、
誰かに何か与えられないと動けない、

そんなロボットみたいな大人になるんじゃないか・・・

未来を生き抜く力ではなく、
未来で路頭に迷う教えを与えているような
そんな気がしてなりません。

でも、前にも書いたのですが、
(教員の働き方の記事)

先生たちは、誰一人、
子どもたちが未来で迷うことを望んでいないし、
むしろ日々子どもたちのためを思って
せっせと仕事をしています。

親だって、
我が子を大切に思うが故に
日々頭を悩ませ、
子どもにとって一番いいようにって
いつも一生懸命考えています。

なのになのに、
歪んだ形となって、
子どもたちに届いてしまっています。

皮肉だなぁ。

 

変わらない現状を変えるためにできること

じゃあなんでそんな教育が
蔓延しているのか?

それが当たり前だと思っているから。
こういうもんだと思っているから。
だからそもそも誰も疑わない。
与えられたものに一生懸命になっているだけ。

つまり、

私たち大人が、
与えられた枠に合わせて生きるように、
それに疑問を持たないように、
育てられてきたからです。

だから子どもにそうにしかできない。

ただ、それだけ。

気づいていない。
知らない。

本当にそれだけ。

なぜみんな気づかないの!って
怒りの感情が湧いてくることもありました。

でもそれを言っても何も変わらない。

変わらないことに気づいて
嘆いてばかりいたことも。

でもそれをしても変わらない。

 

ふと思った。

気づいていない人もいるけど、
気づき始めている人もいる。

変えるためにできることは、
気づき始めた人たちの心の火が
消えないようにすること。

私も同じように感じているよと発信すること。

偉そうに言ってはいるけれど、
私1人じゃできる事は少ない。
でも、2人、3人になればできる事は増える。
10人100人になればもっともっと。
そう思って、発信し続けようと思いました。
それが今の私にできること。

違和感を持っている人、
何か変えたいと思っている人、
自分にできる何かを求めている人へ
届きますように。
そして、
心の火が消えずに、燃え続けますように。

そのまんま大きくなあれ

こんなふうに、
世の中を斜めに見てしまう私、

でも、実際の子どもたちは
けっこう生き生きしてるよなぁと思う。

めんどくさいとか言いながら、
お菓子をポリポリ食べながら、
お喋りして笑いながら、
教え合いながら、
宿題やってるんです。

そのまんま、
誰かの何かに縛られることなく、
自分の思いを大事にしながら、
ただただそのまんま、
その子らしく育ってくれたら・・・

そんな当たり前のようで、
なかなか叶わない願いが、
本当に当たり前になる日が来ますように。

 

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