自分なんて価値がないって思っていた私が、自分を大切に思える道を見つけた。

自分らしく生きる

こんにちは。kazukiです。

 

自分を大切にしていますか?

自分のことが大好きですか?

どんなことがあろうとも、自分を信じられますか?

 

私は、全部NOだった。

 

自分なんていなくなった方がいい
そんなふうに自分を乱暴に扱っていた。

 

なんでこんなにも自分のことを大切に思えなかったのか・・・

 

ある出来事がきっかけでわかりました。

 

ちょっと感傷的になりそうな話なんですが
人生を前へ進める一歩になりました。

 

こういうことに向き合うのも大事だなー
一つ一つ自分を理解していくことで
強くなっていくんです。

 

ぜひ読んでみてください。

 

 

自分を大切にできない理由

もうすぐ6歳になる娘のこと。

普段はとても天真爛漫で
どこでもすぐにお友だちをつくれる
とても魅力的な子。
大人からもかわいがられ信頼される。
頭も柔らかくクリエイティブ。
ワクワク、ドキドキ、楽しい!を
全身で表現してるような子。

 

なんだけど・・・

 

疲れている時や、できそうでできない時など
急にネガティブスイッチが入って
ものすごく投げやりになる。
自分に対しても周りに対しても粗雑になる。

 

そんな娘と3歳弟が湯船につかっていた時のこと

仲良く入っている時も多くて
一緒に遊んだり潜り方を教えたりしてるんだけど

 

このときは弟が

「どうやって泳ぐのー??」

って何度も何度も聞いてるのに娘は答えなかった。

 

それでも懲りずに

「ねぇね!どうやって泳ぐの??!!」

って聞いたら、娘は

 

「知らない、忘れた」

って不機嫌そうに答えた。

 

 

これを聞いて、胸がキューって痛くなった。

 

それは、私が娘に対してやっていることと同じだったから。

 

娘が弟に放った言葉や態度は
私が娘に放った言葉であり態度だった。

 

文章がうまくまとまらずに焦り
イライラし疲れていたとき、
娘が私に質問してきた。
すごくイヤ。
もう私にかまわないでくれ。
そんな気持ちで発した言葉が

 

「知らない、忘れた」

 

だった。

 

娘は傷ついただろうな。

 

でも、どうしようもないときもあるよねって
何とか自分をごまかしてた。

 

 

あの時のあの言葉だった・・・

 

そしてすべてが繋がった。

 

自分や相手を乱暴に扱ってしまう
自分や相手を大切にできない

 

それって

 

自分が大切にされていないと思っているからなんだ。

 

 

完璧でない自分が完璧

私はあのとき娘を大切にできなかった。

 

このことに気づいてショックだった。

 

でも
すぐに前向きな気持ちになれた。

 

なぜなら、
娘を大切にしているという自信があるから。

 

「知らない、忘れた」って言葉で
そう思わせてしまったかもしれないけど
他の場面でいくらでも挽回できるし
実際に態度や言葉でしっかり伝えてるし
伝わっているのも感じてる。

 

だから、大丈夫。

 

そう思えた。

 

 

ちょっと前までは
自分の言動で娘の人生を狂わせてるのかもしれないって
一つ一つに敏感になって罪悪感をもっていた。

 

でも、
完璧でない自分を受け入れ
人生なんて完璧じゃないってわかって
育児も完璧でなくて当然じゃんって思えて
すっごく楽になって
子どもがより愛おしくなって自然と大切にできて
そんな人生を歩んでる自分が最高に思えた。

 

むしろ、これこそが完璧。

 

 

私は大切にされていたの?

私は今でこそ自分を大切にした生き方をしているけど

かつては、自分を大切にするどころか
無理ばかりしいて、我慢ばかりさせて、
本音を抑え込んで
そんなんじゃダメだと尻をたたいて
「自分」を失くして生きていた。

 

上手くできない自分が大嫌いだったし
自信なんて皆無
生きてる価値あるんだろうか、なんて

 

自分をズタボロに傷つけていた。

 

自分を大切にできない人だった。

 

ということは、
私は大切にされていなかったってこと?

 

大切にされていないわけではなかったと思う。
でも、
もっと本当の私を見てほしい。
私の思いに気づいてほしい。
どこかでそう感じながら生きてきたみたい。

 

そういう意味で、
大切にされていないような気がしていたのかもしれない。

 

でも、今回のことでわかった。
自分が母親の立場になって、やっと見えた。

 

大切にされていないと思い込んでいただけ。

 

母は私を大切にしていた。

 

私が求めていたものとは違ったかもしれないけど
確かに私を大切にしてくれていた。

 

そして、
私が望む応え方ではなかったかもしれないけど
母にもそうしてしまう事情があった。
それがよくわかった。

 

わだかまりが、スーッと溶けていく感じがした。

 

 

自分で自分を大切にする

とは言え、現実は残酷。

「自分は大切にされていない」と感じていた子は

 

自分は大切な存在ではないのかもしれない
自分は大切な存在なの?誰か教えて!

 

そんな思いを抱えたまま大人になってしまった。

 

だから大切だと思われるように
いい子ねって言われるように
無理して頑張り過ぎちゃったんだな。

 

よしよし。

 

自分はここにいていいんだろうか?
そんな不安といつも一緒だから
何かがあると自分が崩れそうになる。
周りを見て、ここで大丈夫だよねって確認して
必死で足を踏ん張ってきた。

 

厳しい険しい道を選んできたんだね。

 

だからこそ、わかるんだ。

 

自分にふさわしい道があるってことが。

 

歩きやすくて景色も良くて
大好きな仲間もたくさんいる。

好きなように進んでいい。
周りの歩幅に合わせる必要もない。

そう、
自分らしくいられる道が。

 

誰かに大切にされたいって気持ちもわかるけど
自分で自分を大切にすることができると知った。

 

自分から溢れ出る
「好きだ!」って気持ちを大事にしてよくて
「これやりたい!」をやっていい。
苦手なことを克服しなきゃいけないなんてない。
自分の得意な分野に進めばいい。

 

自分の思いを優先させていい。

自分を軸に決めていい。

 

最初の一歩は怖いけど
もう十分頑張ってきたんだし
思いっきり自分を甘やかしてやろう。
自分の思いをたくさん聞いてあげよう。

 

 

「自分を大切にする」の本質

冒頭で娘のことを

明るくて人付き合いが上手でクリエイティブ
自分も相手も乱暴に扱ってしまう

って書いたけれど

 

どうしても私たちは
ポジティブとネガティブ とか
長所と短所 とかって
二面性で捉えてしまう。

そしてマイナスな方を直そうとしてしまう。

 

でも、kazukiストーリーにも書いたけれど、
私自身のできる部分とできない部分、
ポジティブな面とネガティブな面、

 

「全部があって私なんだ」

 

ってわかった。全部をOKにできた。

 

だって、
どれか一つでも欠けたら、私じゃないってことでしょ?

 

私は私らしく生きることを決めたんだから
すべてのkazukiを受け入れて
共に歩いて行こう
そう思うことができた。

 

誰しもそう。

陰と陽
プラスとマイナス
表と裏

みたいな部分をもっているもの。
でもほんとに二面だけ?
もっといろんな面があるでしょ。
多面体でしょ。

 

どこから見てもkazuki。
すべてがkazuki。
それでいい。そのまんまでいい。

 

それこそが
自分を大切にすることの本質だと思う。

 

 

とはいえ、
娘が自分自身を大切に感じて生きていくためには
「私は大切にされているんだ」という感覚をもっていること
それが土台なんだとわかった。

それをしっかりと育んでいきたい。

 

そして自立して一人で社会へ飛び込んでいく時には
大切にされた安心感を持って
自分を信じ
相手を信じて
楽しく、力強く進んでいってほしい。

 

お互いに最高な人生にしようね!

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